2018年08月15日

◆天皇陛下 最後の全国戦没者追悼式

2018年8月15日 12時41分  NHKニュース

終戦の日の15日、天皇陛下は皇后さまとともに全国戦没者追悼式に臨み、戦争が再び繰り返されないことを願うおことばを述べられました。来年4月の天皇陛下の退位を前に、両陛下が追悼式に出席されるのはことしが最後になりました。

終戦から73年を迎えた15日、天皇陛下は、皇后さまと東京の日本武道館で行われた全国戦没者追悼式に臨まれました。

そして、正午の時報とともに参列者全員で黙とうをささげたあと、おことばを述べられました。

天皇陛下は、冒頭で例年通り「さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」と述べられました。

そして、戦没者を追悼し平和を願う結びの一文で「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」としたうえで、戦後70年の平成27年から加えた「深い反省」という言葉を盛り込んで、「ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べられました。

来年4月の天皇陛下の退位を前に、両陛下が追悼式に出席されるのはことしが最後になり、参列した遺族の代表らは天皇陛下のおことばにじっと耳を傾けていました。


おことば全文
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来既に73年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。


おことばの変遷

全国戦没者追悼式での天皇陛下のおことばは、昭和天皇の時のおことばの骨子も踏まえ、即位以来、基本的な内容は毎年踏襲されてきました。

この中で天皇陛下は、戦争の犠牲者を悼み遺族に思いを寄せるとともに、世界の平和と日本の発展を願う気持ちを表されてきました。

戦後50年を迎えた平成7年には、結びの一文に「歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」という言葉が加えられました。

その後は、おことばの内容に大きな変わりは見られず、平成13年以降は毎年同じおことばが続きました。

そうした中、戦後70年を迎えた平成27年、天皇陛下は14年ぶりにおことばを変え、戦後の日本の歩みを振り返る部分に、多くの言葉を足されました。

まず今日の平和と繁栄を支えたものとして、「国民のたゆみない努力」に加え、新たに「平和の存続を切望する国民の意識」という表現を使われました。

そのうえで例年、「苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません」としていた部分を「戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません」と言いかえられました。

さらに戦没者を追悼し平和を願う結びの一文に「さきの大戦に対する深い反省と共に」という言葉を加えられました。

戦没者追悼式での天皇陛下のおことばがこれだけ変わるのも、「反省」という言葉が盛り込まれたのも、このときが初めてで、それ以降は結びの一文に「深い反省」という言葉が使われるようになりました。

そして最後の出席となった今回も「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」と戦後を振り返ったうえで、そうしたおことばを述べられました。
at 13:02 | Comment(0) | 皇室

2018年08月14日

◆天皇皇后両陛下 豪雨被災地へ 9月中旬ごろ

2回に分けて

2018年8月14日 4時55分  NHKニュース

天皇皇后両陛下が、西日本豪雨で甚大な被害を受けた広島県と岡山県、それに愛媛県を、来月中旬ごろ、2回に分けていずれも日帰りで訪れ、被災した人たちを見舞われる方向で調整が進められていることがわかりました。両陛下が、災害の発生からまもない被災地を複数回に分けて見舞われるのは、東日本大震災以来のことになります。

西日本を中心とした先月の記録的な豪雨では、各地で甚大な被害が相次ぎ、広島県と岡山県、それに愛媛県を中心に、これまでに200人以上が死亡し、今も行方が分からない人がいるほか、多くの人たちが避難生活を余儀なくされています。

関係者によりますと、両陛下は、来月13日ごろ広島県と岡山県を日帰りで訪れ、被災地をヘリコプターで回って被災した人たちを見舞ったり災害対応にあたる関係者をねぎらったりするほか、知事などから被災状況について説明を受けられる方向で調整が進められているということです。

また、愛媛県も翌週の20日前後に東京から日帰りで訪問して、被災者を見舞うなどされる方向で調整が進められているということです。

両陛下は、今回の豪雨で広範囲にわたって甚大な被害が発生したことに心を痛め、側近を通じてお見舞いの気持ちをあらわすとともに、現地の状況なども踏まえながらできるだけ早い時期での被災地への訪問を強く望まれてきたということです。

両陛下が、災害の発生からまもない被災地を複数回に分けて見舞われるのは、東日本大震災以来のことになります。
at 07:23 | Comment(0) | 皇室

2018年08月12日

◆絢子さまと守谷さん 結納にあたる「納采の儀」

2018年8月12日 11時10分  NHKニュース

高円宮家の三女の絢子さまと、東京の大手海運会社に勤務する守谷慧さんの結納にあたる「納采の儀」が行われ、お二人の婚約が正式に決まりました。

「納采の儀」は、一般の結納にあたる皇室の行事で、12日午前10時前、守谷さんの使いで親族の近藤達也さんがモーニング姿で高円宮邸に到着しました。続いて、薄い水色のシルクのワンピースを着た絢子さまと、母親の久子さまが待たれる故高円宮さまの肖像画のある応接室で、「納采の儀」が行われました。

室内には、結納の品となる絢子さまの披露宴用のドレスの布地や清酒などが並べられ、近藤さんが、「婚約のため納采を行いたく思います。幾久しくお納めください」という趣旨の口上を述べると、絢子さまは、「謹んでお受けいたします」と応えられました。

そして近藤さんが絢子さまに結納の品の目録を手渡しました。このあと絢子さまは、久子さまと皇居にある天皇皇后両陛下のお住まいを訪ね、婚約が正式に決まったことを報告されました。

夕方には、守谷さんと父親の治さんが両陛下のお住まいを訪ねてあいさつをする予定です。

納采の儀を終えた絢子さまと守谷さんは、宮内庁を通じて文書で感想をあらわし、絢子さまは、「滞りなく納采の儀を終えられましたことをうれしく思います」と述べられました。また、守谷さんは、「賜りました御縁に感謝しつつ日々を過ごしてまいりたいと存じます」と述べました。

結婚式は、ことしの10月29日に東京の明治神宮で行われます。
at 12:41 | Comment(0) | 皇室

2018年08月05日

◆皇太子ご夫妻 夏の高校野球開会式に出席

2018年8月5日 11時25分  NHKニュース

皇太子ご夫妻は、100回の記念大会を迎えた夏の全国高校野球の開会式に出席され、皇太子さまが選手たちの健闘を祈るあいさつをされました。

皇太子ご夫妻は、5日午前8時半すぎ、兵庫県西宮市の甲子園球場に到着し、夏の全国高校野球の開会式に出席されました。

ことしは100回の記念大会で、皇太子さまが開会式に出席されるのは70回大会と91回大会に続いて3度目です。

貴賓席の皇太子ご夫妻は、史上最多56の代表校の選手たちが順番に入場すると、一校ごとに拍手を送られました。

そして、皇太子さまがあいさつに立ち「これまで1世紀にわたり、青少年の夢を育み、国民の大きな関心を集めてきた高校野球が果たしてきた役割には、大きなものがあります」と述べられました。

そのうえで、自分自身、半世紀にわたって高校野球を身近なものとして感じ応援してきたとして、選手たちに「きょうまでの練習の成果を十分に発揮し、力の限りプレーすることを期待しています」とエールを送られました。

このあと皇太子ご夫妻は、開会式直後に行われた大分の藤蔭高校と石川の星稜高校の試合を観戦し、選手たちの白熱したプレーに笑顔で拍手を送られていました。
at 12:12 | Comment(0) | 皇室

2018年08月03日

◆両陛下 きょうから北海道の利尻島など訪問

2018年8月3日 4時21分   NHKニュース

天皇皇后両陛下は、3日から3日間の日程で北海道を訪れ、利尻島などを訪問されます。来年の天皇陛下の退位を前に、天皇皇后として各地の島を訪ねられるのは最後になる見通しです。

両陛下は、3日昼すぎに特別機で北海道入りし、車に乗り換えて北広島市にある夫婦で営む農園を訪ねられます。

この農園では、障害者と連携した野菜作りを行っていて、両陛下は、トマトなどの袋詰めの作業をご覧になります。

2日目の4日は、かねてから訪問を望んでいた北海道北部の利尻島を初めて訪問されます。両陛下は、車で島を1周して、特産のエゾバフンウニの種苗を生産している施設を訪れるほか、島のシンボルの利尻山を望む沼などに足を運ばれます。

そして、最終日の5日には、北海道と命名されてことしで150年になるのを記念して、札幌市で開かれる式典に出席されます。

天皇陛下が北海道を訪ねられるのは平成23年以来7年ぶりで、両陛下での訪問は平成になって8回目になります。

天皇陛下は、おととし8月のビデオメッセージで、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、大切なものと感じて来ました」と述べられていて、これまで、皇后さまとともに、全国各地の50余りの島々を訪ねられてきました。

来年4月の天皇陛下の退位を前に、両陛下が、天皇皇后として各地の島を訪ねられるのは最後になる見通しです。


天皇陛下島々への思い

天皇陛下は、おととしの8月8日、ビデオメッセージで象徴としての務めについてお気持ちを表す中で、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、大切なものと感じて来ました」と述べられていました。

お気持ちの中で天皇陛下は、自身の務めについて、「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」としたうえで、象徴としての役割を果たすため国民に対する理解を深め、常に国民とともにある自覚を育てる必要を感じてきたと述べられました。

そして、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」と胸の内を語られました。

そのうえで、皇后さまと行ってきたほぼ全国に及ぶ旅で、その地域を愛し地道に支える市井の人々がいることを認識したと振り返り、「この認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」と述べられていました。


両陛下島々への訪問の歴史

天皇陛下は、これまで、皇后さまとともに、全国各地の50余りの島々を訪ねられてきました。

昭和50年には、国際海洋博覧会の開会式に出席するため、皇后さまと初めて沖縄本島を訪れ、太平洋戦争に巻き込まれて命を落とした女学生たちの慰霊碑「ひめゆりの塔」を訪ねられました。

両陛下は、その後も戦争で亡くなった人たちや遺族に心を寄せ続け、これまでに11回、沖縄の島々を訪問されています。

天皇陛下の即位後は、平成5年の「北海道南西沖地震」で大きな被害を受けた奥尻島や、平成7年の「阪神・淡路大震災」で被災した兵庫県の淡路島など、災害に見舞われた島々にも足を運んで被災者に寄り添われました。

戦後50年を翌年に控えた平成6年には、小笠原諸島を訪問されました。太平洋戦争の激戦地となった硫黄島で戦没者を慰霊したほか、父島や母島の人たちと交流されました。

また、島根県の隠岐島をフェリーで訪れたり、人口数百人の小さな島にも足を運んだりして、人々と触れ合われました。天皇陛下は、皇后さまとともに、即位後15年で、全国47のすべての都道府県への訪問を果たし、去年11月の鹿児島県の屋久島や奄美群島の島々への訪問で2巡目を終えられました。

そして、ことし3月には、日本の最も西に位置し、かねてから訪問を望んでいた沖縄県の与那国島を訪ねられました。これまでに訪問された島の数は、皇太子夫妻の時代や天皇陛下お一人での訪問も含め、54に上っています。
at 07:59 | Comment(0) | 皇室

2018年07月22日

◆眞子さま ブラジル移住110周年の記念式典に出席

2018年7月22日 5時31分   NHKニュース

ブラジルを公式訪問している秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、世界最大の日系人社会があるサンパウロで、日本人の移住110周年を記念する式典に出席されました。


眞子さまは、現地時間の21日、日本時間の22日未明、サンパウロで、日本人がブラジルに移住を始めて110周年を迎えたことを記念する式典に臨まれました。

サンパウロには、州全体で世界最大の100万人を超える日系人社会があり、眞子さまがブラジルの国旗に使われている緑と黄色の着物姿で会場に入られると、およそ4000人の出席者が総立ちで迎えました。

あいさつに立った眞子さまは、日本人移住者について「数多くの困難を勤勉さと誠実さをもって乗り越えて、ブラジルの発展に貢献し、社会の厚い信頼を得てこられました」と述べられました。

そのうえで、「皆様が歩んでこられた長い道のりに思いをはせるとともに、その歴史が、未来を担う世代にも大切に引き継がれていきますことを願っています」と結ばれると、会場から大きな拍手がわき起こりました。

このあと、眞子さまは、毎年サンパウロで開かれる世界最大級の日本文化の紹介イベントをご覧になりました。

ことしは、日本の各都道府県の郷土料理などおよそ600種の日本料理が紹介され、眞子さまは1品1品をながめて「おいしそうですね」などと笑顔で話されていました。
at 07:31 | Comment(0) | 皇室

2018年07月19日

◆眞子さま 公式訪問先のブラジルで

現地の日系人と交流

2018年7月19日 10時08分  NHKニュース

秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、日本人の移住110周年を迎えた公式訪問先のブラジルに到着し、現地の日系人と懇談して交流を深められました。

眞子さまは、現地時間の18日早朝(日本時間の18日夕方)、ブラジルのリオデジャネイロに到着し、現地時間の午後、巨大なキリスト像で知られるコルコバードの丘を訪ねられました。

眞子さまは、地元の司祭から説明を受けながら、高さおよそ38メートルのキリスト像や、丘の下に広がる街の様子を笑顔で眺められていました。

このあと眞子さまは、リオデジャネイロに住む日系人などが主催する歓迎行事に臨まれました。

ブラジルは、日本人が移住を始めてことしで110年になり、会場には日系人など100人余りが集まりました。

はじめに、日本語を学んでいる日系人の子どもなどが、沖縄の伝統の踊り「エイサー」を披露しました。

そして眞子さまがあいさつに立ち、「今日の日系社会を築き、大切に支え、両国の懸け橋となってこられた皆様のご努力に、心より敬意を表します」と述べられると、会場から大きな拍手が送られました。

続いて眞子さまは日系人などと懇談し、一人一人と握手をしながら「これからもお元気で」などと言葉をかけられていました。
at 11:40 | Comment(0) | 皇室

2018年07月02日

◆絢子さまと守谷慧さんの婚約内定 正式に発表

2018年7月2日 11時05分  NHKニュース

高円宮家の三女の絢子さまと、東京の大手海運会社に勤務する守谷慧さんの婚約の内定が2日午前、正式に発表されました。このあと午後3時から、絢子さまが守谷さんとともに記者会見に臨まれます。

宮内庁では2日午前11時前から加地隆治宮務主管が記者会見し、「絢子女王殿下には、本日、守谷慧氏と御婚約が御内定になりました」と発表しました。

そして、絢子さまのこれまでの活動を振り返り、「数多くの公的なご活動に取り組まれる中で、多くの人々と親しく接してこられたと思います。まさに女王としての役割を十分に果たしてこられたものと思います」と述べました。

絢子さまは、故・高円宮さまと、高円宮妃の久子さまの三女で、27歳。おととし、城西国際大学の大学院の修士課程を修了し、皇族としての公務にあたる一方で、去年6月から城西国際大学の研究員を務められています。

お相手の守谷慧さん(32)は大手海運会社「日本郵船」に勤務し、困難な状況にある世界の子どもたちを支援する東京のNPO法人の理事も務めています。

絢子さまは去年12月、久子さまの紹介で守谷さんと知り合い、交際を深められてきたということです。

2日は、発表に先立って絢子さまが久子さまと皇居を訪れ、皇后さまに婚約の内定を報告されました。

一緒に報告を受ける予定だった天皇陛下は、脳貧血による体調不良のため予定を取りやめられ、皇后さまが天皇陛下のお祝いの気持ちを伝えられたということです。

お二人の婚約は、来月、一般の結納にあたる「納采の儀」と呼ばれる儀式が行われて正式に決まり、結婚式はことしの10月29日、東京の明治神宮で行われます。

絢子さまは、午後3時から守谷さんとともに記者会見に臨み、婚約内定の心境や交際の経緯などについて話される見通しです。


守谷さんの父「ありがたきこと」

守谷慧さんの父親の治さんは、婚約内定にあたってコメントを出し、「このたび、女王殿下とのご内定をいただきましたことにつきましては大変おそれ多いことであり、ありがたきことと感謝申し上げております」と述べました。


皇室制度めぐる議論も

女性皇族は、皇室典範の規定で、天皇や皇族以外の男性と結婚すると皇族ではなくなるため、絢子さまは平成26年に結婚した姉の千家典子さんのように、結婚後は一般の女性として生活されることになります。

皇室では、7人の未婚の女性皇族のうち、6人がすでに成年に達していて、今後、結婚によって次々に皇室を離れると皇族の数が足りなくなって、皇室がこれまでどおりの活動を続けられなくなる事も予想されます。

去年の秋篠宮家の長女の眞子さまの婚約内定に続いて絢子さまの婚約も内定し、結婚による女性皇族の減少が進むことになり、女性皇族が結婚して皇室を離れる今の制度をめぐって、再び議論が起きる可能性もあります。


今後の儀式や手続き

絢子さまと守谷慧さんの結婚に向けて、今後、皇室の慣例にならい、さまざまな儀式や手続きが行われます。

まず、一般の結納にあたる「納采の儀」が来月12日に行われ、お二人の婚約が正式に決まります。

守谷さんの使いが高円宮家に出向き、結婚の約束を伝えたうえで結納の品を納めます。

次に、結婚式の日取りを正式に決める「告期の儀」が9月19日に行われます。

続いて、総理大臣を議長とする「皇室経済会議」が開かれ、絢子さまが皇室を離れられるのに伴って贈られる一時金の額が決められます。

1億円余りになるとみられます。結婚式が近づくと、絢子さまは、皇室の祖先などをまつる皇居の宮中三殿に参拝し、天皇皇后両陛下にお別れのあいさつをする「朝見の儀」に臨まれます。

そして、ことしの10月29日、大安の月曜日に、東京の明治神宮で結婚式が行われます。
at 15:11 | Comment(0) | 皇室

◆絢子さま きょう婚約内定を正式発表

2018年7月2日 4時32分   NHKニュース

高円宮家の三女の絢子さまの婚約の内定が2日、正式に発表されます。これを受けて午後3時から、絢子さまがお相手の守谷慧さんとそろって記者会見に臨まれます。

故・高円宮さまと高円宮妃の久子さまの三女の絢子さま(27)は、東京の大手海運会社「日本郵船」に勤務する守谷慧さん(32)と婚約することになり、2日午前、久子さまと皇居を訪れ、天皇皇后両陛下に婚約の内定を報告されます。

続いて午前11時から、宮内庁の加地隆治宮務主管が記者会見をして、お二人の婚約の内定を正式に発表します。

これを受けて、絢子さまは、午後3時から宮内庁の庁舎で守谷さんとそろって記者会見に臨み、婚約内定の心境や交際の経緯などについて話される見通しです。

絢子さまは、去年12月、久子さまの紹介で守谷さんと知り合い、交際を深められてきたということです。

高円宮家では、平成26年に次女の典子さんが、島根県の出雲大社の神職、千家国麿さんと結婚して皇室を離れています。

皇室では、去年の秋篠宮家の長女の眞子さまに続く婚約内定となります。

結婚式は、ことしの10月29日に明治神宮で行われる予定で、今後、皇室の慣例にならってさまざまな儀式が続くことになります。


絢子さま

絢子さまは、平成14年に亡くなった天皇陛下のいとこの高円宮さまと、高円宮妃の久子さまの三女として、平成2年9月15日に誕生されました。

小学6年生の時に高円宮さまが亡くなり、久子さまのもと、長女の承子さまと次女の千家典子さんとともに成長されました。

絢子さまは小学校から高校まで学習院に通い、千葉県の城西国際大学に進学して保育や社会福祉を学び、保育士の資格も取得されました。

その後、城西国際大学の大学院に進学し、在学中およそ2年間カナダの大学に留学されました。帰国後に、カナダの社会福祉をテーマに修士論文をまとめ、論文が優秀だったとして特別表彰を受けられました。

おととし修士課程を修了したあとは皇族として公務にあたり、歌会始や国賓の歓迎行事のほか、地方で開かれた国体など、多くの儀式や行事に臨まれてきました。

一方で、去年6月からは、城西国際大学福祉総合学部の研究員を務められています。また、ことしに入り、久子さまから受け継ぐ形で、日本とカナダの交流団体「日加協会」と「日本海洋少年団連盟」の名誉総裁に就任されました。

絢子さまは、スポーツ観戦や旅行、読書、スキーが趣味で、幼い頃からピアノやチェロ、それに絵画を習い、音楽や美術に親しむとともに、スカッシュやスキー、バレエ、水泳などにも取り組まれてきました。

高校の時には、スキー部に所属してアルペン競技スキー部門の部長を務め、大学時代には4年間、サッカー部のマネージャーとして活動されました。

絢子さまは、平成22年、20歳の誕生日を迎えるにあたり、記者団の質問に文書で回答を寄せ、将来の結婚や理想の男性像について、「子どもが好きなので、いつかは結婚をして子育てをしたいと考えております。尊敬できる方と、笑いの絶えない温かい家庭を築いていかれたらと思います」と述べられていました。


守谷慧さん

守谷慧さんは、昭和61年3月生まれの32歳。平成元年からおよそ3年間フランス・パリの幼稚園に通ったあと、港区立白金小学校、私立高輪中学校・高校で学び、平成17年に慶應義塾大学文学部に入学しました。

大学時代には、イギリスのオックスフォード大学に短期留学しています。

平成21年に大学を卒業し、大手海運会社「日本郵船」に就職して、営業や海外にある出資会社の管理などの業務にあたっています。

また、ことし3月からは、困難な状況にある世界の子どもたちを支援する東京のNPO法人「国境なき子どもたち」の理事も務めています。

趣味は、マラソンやトライアスロン、読書、旅行、それにスキーだということです。


久子さまが取り持たれた仲

宮内庁によりますと、絢子さまは、母親の久子さまの紹介で、去年12月、初めて守谷慧さんと会われました。

久子さまは、3年前に亡くなった守谷さんの母親の季美枝さんが専務理事を務めていた東京のNPO法人「国境なき子どもたち」の関連行事に毎年出席し、季美枝さんと親しくされていました。

守谷さんとは、10年ほど前、この団体の写真展で初めて会い、その後、去年11月に団体の設立20周年の祝賀会で再会した際、守谷さんが理事に就任することを聞かれました。

この団体は、途上国の恵まれない子どもたちの教育や自立を支援する活動を行っていて、久子さまは、福祉を学んでいる絢子さまが国際的な福祉活動に興味を持つきっかけになればと考え、守谷さんを紹介されたということです。
at 07:27 | Comment(0) | 皇室

2018年06月26日

◆高円宮家の三女 絢子さま 会社員男性と婚約へ

2018年6月26日 11時45分    NHKニュース

高円宮家の三女の絢子さまが、東京の大手海運会社に勤務する男性と婚約されることになり、宮内庁は、近く、婚約の内定を正式に発表する方針です。皇室では秋篠宮家の長女の眞子さまに続く婚約内定となり、結婚による女性皇族の減少が進むことになります。

絢子さまは、故・高円宮さまと高円宮妃の久子さまの三女で、27歳。おととし、城西国際大学の大学院の修士課程を修了し、皇族としての公務にあたる一方で、去年6月から城西国際大学の研究員を務められています。

関係者によりますと、お相手は、東京の大手海運会社に勤務する港区に住む男性で、ことし4月に高円宮邸で開かれたパーティーに親子で招かれるなどしていて、久子さまも交際を認められていたということです。

絢子さまの婚約の意思は天皇皇后両陛下にもすでに伝えられていて、宮内庁が、近く、記者会見を行って、婚約の内定を正式に発表する方針だということです。結婚式は、ことしの秋に東京で行われる予定です。

高円宮家では、平成26年に次女の典子さんが、島根県の出雲大社の神職、千家国麿さんと結婚して皇室を離れています。皇室では、去年の秋篠宮家の長女の眞子さまに続く婚約内定で、結婚による女性皇族の減少が進むことになり、女性皇族が結婚すると皇室を離れる今の制度をめぐって、再び議論が起きる可能性もあります。

皇族の結婚は、男性の場合、皇室典範の規定で皇室会議の議決が必要ですが、皇室を離れる女性の場合、こうした手続きは必要なく、一般の結納にあたる「納采の儀」と呼ばれる儀式が行われて正式に決まります。

絢子さまは、平成22年、20歳の誕生日を迎えるにあたり、記者団の質問に文書で回答を寄せ、将来の結婚や理想の男性像について、「子どもが好きなので、いつかは結婚をして子育てをしたいと考えております。尊敬できる方と、笑いの絶えない温かい家庭を築いていかれたらと思います」と述べられていました。


保育士の資格 大学サッカー部のマネージャーも

絢子さまは、平成14年に亡くなった天皇陛下のいとこの高円宮さまと、高円宮妃の久子さまの三女として、平成2年9月15日に誕生されました。

小学6年生の時に高円宮さまが亡くなり、久子さまのもと、長女の承子さまと次女の千家典子さんとともに成長されました。

絢子さまは、小学校から高校まで学習院に通い、千葉県の城西国際大学に進学して保育や社会福祉を学び、保育士の資格も取得されました。大学では4年間、サッカー部のマネージャーも務められました。

その後、城西国際大学の大学院に進学し、在学中およそ2年間カナダの大学に留学されました。帰国後に、カナダの社会福祉をテーマに修士論文をまとめ、論文が優秀だったとして特別表彰を受けられました。

おととし修士課程を修了したあとは、皇族として公務にあたる一方で、去年6月から城西国際大学福祉総合学部の研究員を務められています。

また、ことしに入り、久子さまから受け継ぐ形で、日本とカナダの交流団体「日加協会」と「日本海洋少年団連盟」の名誉総裁に就任されました。
at 12:18 | Comment(0) | 皇室