橿原考古学研究所の発掘調査で、奈良県桜井市にある集落跡の脇本遺跡の3世紀初めの土の層の中から、銅鐸の破片と土製の鋳型がそれぞれ3点、それに多数の銅のくずなどが見つかった。
銅鐸の破片は最も大きなものが縦4センチ、横3点5センチで、銅鐸は容易に壊れないものであることから、人為的に壊したとみられている。
橿原考古学研究所では、青銅器を作る工房がこの一帯にあった可能性が高いことを示す貴重な資料とみている。
橿原考古学研究所は「近くにはヤマト王権の中心地とされる纒向遺跡があり、ここで青銅器を作ったのは王権の意向だった可能性もある」と見ている。
2007年12月09日
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